水戸黄門は印籠ださないと始まらない?

今でも夕方水戸黄門は再放送をしてますね。

お年寄りはあの再放送を何度みても楽しいようです。私の母も何度も同じ放送を見ているようですが、前みたのを忘れて同じのをみても喜んでいます。

TBSのテレビドラマの「水戸黄門」の初代黄門さんだった東野英治郎さんは毎回毎回最後に「この印籠が目に入らぬか」とやるのを潔くせず、印籠で権威を振りかざさないストーリーを作ってもらったようです。

でも、放送が終わった途端、「なぜ印籠を出せないんだ?」「あの印籠のシーンを見られるからこそ胸がすっきりするんだ!」と抗議が殺到したとか。

視聴者の多くがあのさんざん悪を重ねた悪党どもが最後に黄門さんの素性をしって、ハハーと土下座するところが溜飲が下がるのでしょう。

こういう権威を振りかざすことを好ましく思わないでいても、結局は振りかざさないと事がうまく運ばないというケースが世の中なんと多いことなんでしょう?

やっぱり世の中、コネとか上からの圧力とかがないと話がスムーズに進まないんでしょうか?

(蛇足ですが、前編・後編に分けて放送した時にはお年寄りから「翌週生きている保障はないから、分けずに一気に放送して欲しい」という要望が多かったとか)

「訴えてやる」、「警察を呼ぶぞ」、「オヤジが新聞社に勤めてるんだ。記事に書かせるぞ」なーんてことで権威をかざして強制的に従わせるのはルール違反っぽくって嫌ですよね。え、かっこいいですか?そんな人多いのですね。

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